月のくすんだ明かりの下で、リセルシア・チェザリーニは私を見つめていた。その瞳に
映る羨望を感じ取り、私は満足であると同時に腹立たしさを感じていた。

「……どうしたの?」
「い、いえ。その……なんでもありません。今日はもう遅いですから、そろそろ寝ましょうか」
「そうね」
 私は、その背中を見送る。
 そこには、私が妬んでやまない、理想のもう一人がいた。
 貴族に拾われ、裕福な生活を送っている、一人の少女。リセルシアがどれだけの努力を
しているか、私は知らない。でも、私は自分の力だけで、こうして彼女と同じ場所に立っ
ている。そのために費やした時間や労力を惜しいと思ったことは、一度もない。ただ、も
し自分にフォルテールの才能があり、リセルシアのように貴族に拾われていたのなら……。
私は今よりももっと、成りたかった自分になれただろう。全ての時間を、自分のために使
うこともできただろう。
 そういう意味で……リセルシアは、私の成りたかった、もう一人の自分と言えた。

 完全にその姿が見えなくなった。そして、一つだけ、彼女に対しての正当な評価を下す。
 今日の演奏だけは、心を惹かれるものがあった。まるで、クリス・ヴェルティンを思い
出させるような音色。聴いていて、その心にわずかに触れることができたような気さえする。
 ただし、ナターレの後に合わせたときには、そんなものは全く感じられなかった。では、
何が違ったんだろう? それがわかれば、ひょっとして私も、自分で足りないと思ってい
るなにかが埋められるんだろうか?
 そのことについて、話を聞く価値はありそうだ。
今日は、深く聞くことはできなかったけど。

「明日……か」

 追憶に、引きずられ過ぎているのは、自分でも分かっていた。例え一番戻りたくない場
所であったとしても、ほんの一日我慢さえすれば良いんだ。今回のこの演奏は、私にとっ
てプラスになることは間違いない。
 私は気分を引き締め、部屋に戻る前に、洗面所の鏡に自らの姿を映した。

「……しっかりしなさい」
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